強い心

サッカーの指導をはじめて8年が経った。最初は子供に話しを聞かせたりするだけでくたくた。トレーニングメニューも終わったあと良かったのか効果があったのか分からず日々悩んだ。最初の教え子たちには申し訳ないが試行錯誤の連続。自分の親の時代と様変わりしてしまった保護者にもとまどい。教えていて楽しいけれど運営にも四苦八苦。自分の奥さんと口論になることもしばしば。仕事中も子供たちの事で頭いっぱい。家計は火の車。友人に何がいいの?俺なら絶対やらないと言われた。まわりからも大変でしょ?と言われ正直に心底「大変!!」と答えた。何で続けるのか自分でもわからなかった。何度もやめようと思った。それでもやめなかった。苦しくても楽しいからだった。子供たちにあきらめるなと言ったからだった。自分がそうするわけにいかなかった。走ることの大事さを説いた。自分も20キロマラソンに出た。怪我を若いころした足は折れそうになった。それでも走った。情けないことに最後ゴールしたあと救護に運ばれた。、ゴール手前300Mから子供たちが伴走して応援してくれた。それがなかったら完走できなかった。小さなサポーターに感謝した。今度はこの子たちのサポートをするのは自分だと思った。
月日が経ち子供たちが結果を出し始めた。最初は何点取られたか数えられない試合だったのに。大会で準決勝までいくようになった。うれしっかった。まわりのチームからだんだん強くなるね、と言われまるでダイエットが進み体重が減るのを楽しみで、試合に行くのがヘルスメーターに乗る楽しみのようだった。最初の卒団生を出したとき卒団式で泣いてくれたときやめなくて良かったと思った。卒団生のその後の活躍を聞くのが楽しみだった。社会に出ても活躍してほしい。それだけの心と体をサッカーで鍛えたのだから。厳しいことも言った。今通っている子にも厳しいことを言う。強く生きてほしいからだ。厳しく体も鍛える。強い心で立ち向かってほしいからだ。
現代は様々な事から守られているように見える。学校も地域も社会も習いごとも。家庭も。でもそれは本当に生きていく力を身につけられるのだろうか?サッカーで言えば自分の子供のころコーンやマーカーなど無い。ビブスもない。ビブスなどなくてもちゃんと味方と相手を見分けてゲームが出来た。周7回の練習だったがコーチや監督が来るのは土日だけ。月~金は自分たちで練習をしたのだ。先輩たちが教えてくれた。ルールなどコーチに聞いたこともない。それでもサッカーはしっかり出来た。精神年齢もそのころの方が現代の子よりはるかに高かった。遊びも自分たちで考えだした。今の子はゲーム機やカードがないと遊べない。親が休日お金を使ってどこかに連れていかないと遊べない。想像力低下は当たり前である。守るから見守るへ。それが8年間指導して得た今のところの答えだ。転んだ子を助けると自分で立ち上がろうとしない。毎年のことだ。自分で立ち上がる。それを見守る。自分たちでサッカーを出来る。自分たちで考え物事を解決する。できないなら自分でコーチに相談出来る。自分の道を自分で切り開く。こちらはあくまでもお手伝い。サッカーを通してお手伝い。生きていこうとする小さな心を少しだけ押してやる。昨今教育が見直され始めた。厳しくも温かく指導する幼稚園が増えているようだ。完全な答えなどでない。これからも試行錯誤は続く。でもぶれないのは強い心を教えたい。それは変わらない。

[ 2013/05/13(月) ]

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